ロロの空想

心に移りゆくよしなしごとを書いていくよ!

鎧塚みぞれはリズだったのか?―『リズと青い鳥』感想


※本記事では、「リズと青い鳥」のネタバレを含みます。


 

 



はじめに


2018年4月21日公開となった、京都アニメーション制作の「リズと青い鳥」。
原作は武田綾乃、監督は山田尚子、脚本は吉田玲子です。
小説が原作で、京都アニメーションでアニメ化もされた「響け!ユーフォニアム」シリーズの一つとなります。
上映時間は、映画サイトによると90分です。
今回は、3年生になったオーボエの鎧塚みぞれと傘木希美の人間関係に焦点を当てた作品となっています。
今回の映画の題名でもある「リズと青い鳥」は、劇中でコンクール演奏曲となっています。劇中設定では、それに対応するヴェロスラフ・ヒチルという作者の童話が存在するようですが、ネットで検索したところ、実在する童話ではないようです。見た目からして、岩波文庫ですが。
 さて、本作中では、その童話である『リズと青い鳥』が映像化され、みぞれや希美の描写の合間に挟まれるという演出になっています。


本作の解決すべき課題


 本作では、私が思うに、鑑賞者が解決すべき課題が2つありました。ひとつは、「disjointがjointになったのは、どういう意味か。そしてなぜか。」であり、もうひとつは、「『リズと青い鳥』は何を象徴していたのか」です。


disjointとjoint


 disjointとjointの意味を簡単に確認すると、disjoint=ばらばら、joint=一つになった、と解釈して良いのではないのでしょうか。つまり、みぞれと希美がバラバラだったのが一つになった、と解釈することができると思います。それがなぜだったのか、は「リズ」と「青い鳥」がどういう意味だったのかを考えなくてはいけません。


「リズ」と「青い鳥」が表すものとは?


 冒頭、希美とみぞれが二人でリズと青い鳥を演奏するシーンで、
「私達みたいだね」
と希美がつぶやきました。これによって、「リズと青い鳥」がみぞれと希美を表現したものであると示されます。

では、リズと青い鳥は、希美とみぞれにとって何の象徴なのか。

みぞれは、「私がリズなら青い鳥を逃したりしない」と言います。
また、滝昇は、
オーボエはリズを、フルートは青い鳥を表しています」
と表現しています。

つまり、作品の前半では、あたかもリズはみぞれのメタファーで、青い鳥は希美のメタファーであるかのように描かれていました。

みぞれは一人でいたところを希美に声をかけてもらって一人じゃなくなり、リズは一人だったところに青い鳥がやってきたことで、一人じゃなくなりました。

しかし、「青い鳥」は、最後には羽ばたいてリズの元からいなくなってしまいます。青い鳥は空を羽ばたくことができる翼があるために。

みぞれは、なかなか「リズと青い鳥」を周りが納得のいくやり方で演奏できていませんでした。しかし、みぞれは、あるときを境に本領を発揮した演奏ができるようになります。

 みぞれがリズなのだとしたら、みぞれの変化と、『リズと青い鳥』の物語はどのように関連しているのでしょうか??


みぞれはリズなのか?


希美は、
「早くこの曲コンクールで吹きたいな」
と言い、みぞれは
「コンクールが来なければいいのに」
と言います。

みぞれは、希美といる時間をいつまでも続けたいという願いがありましたが、希美とみぞれの関係はどことなく歪んでいるようでした。
希美は、
「みぞれからはよそよそしさを感じる」
と言っています。

すごく仲が良さそうに見えて、実はよそよそしさがあるという微妙な距離感が、二人の間にあり、それがdisjointを生んでいました。
お互いに、どこかギクシャクしているのは、お互いがどこか本音をうまく伝えられていない関係であると考えられます。

一人だったみぞれのもとに、やってきた希美は、リズのところにやってきた青い鳥のようで、みぞれは希美を離そうとしない点で、自分はリズと異なると感じていました。

 そんなみぞれにひとつの変化をもたらしたのが、新山先生からの音大への進学の勧めです。みぞれは新山先生をキーパーソンとして、少しずつ変化し始めます。

「みぞれが」
「リズで、希美が」
「青い鳥だと思ってたけど」
「「でも、ほんとは―」」

というシーンがこの映画の一番のポイントだったのかもしれません。
後に、希美は
「新山先生が音大を勧めたのはみぞれだけだった」
と言っていますし、みぞれの圧倒的な演奏に涙する希美がいました。

この映画は、前半は、リズ=みぞれ、青い鳥=希美であるように描かれていましたが、後半では違うということがわかります。
本当は、リズ=希美で、青い鳥=みぞれだったのだと解釈すると理解ができるようになります。

「あなたは、その翼でどこまでも飛んでお行き」

というのがリズと青い鳥の結論になっているのですが、みぞれにとっての翼とは、高いオーボエの演奏能力で、その力で音楽の世界へ羽ばたいてゆけと希美がみぞれのことを手放し、みぞれも羽ばたくことを決意したのが、本作品の結論だと私は考えます。

 みぞれが希美のことを手放せなかったのと同様に、希美によってみぞれが羽ばたけなかったのでした。

しかし、
「一度羽ばたいてもまだ戻ってこれる」
とみぞれは信じて、勇気を持ってみぞれはオーボエを真面目に吹くようになったのだと私は思います。

 そして、お互いになんとなく伝えきれずにいた本音を打ち明けあった二人は、それぞれが自分にあった進路を選んだ上で、表面的な仲良しではなく、ちゃんと心の通った仲良しになることができ、「joint」へとなったのだと思います。


さいごに


 以上見てきたように、私は、disjointがjointになったのは、「ちゃんと本音を伝えてお互いがお互いを手放す勇気を持てたから」、であると思います。
 また、実はみぞれはリズではなく青い鳥であり、自ら希美の元を離れる決意をしたのが本作品の結論だったのだと私は感じました。

 示唆にとんだ内容ですね。

 私は、読解が苦手なので、この解釈に至るまで時間がかかりましたし、何か間違った解釈もあるかもしれません。
 

 最後に、Youtubeから、リズと青い鳥のメーキングを紹介しておきます。監督の山田尚子さんが思ってたよりも若いことや、劇伴や劇中曲がこのように作られているのだということがわかる貴重な映像だと思いますのでどうぞ。


会話ができるようになるための会話の分析

 

 巷には、会話についての解説とかが溢れているけれど、どれも似たりよったりで、あまり参考にはならない。
 本当はもっと勉強してから文章化したほうがいいのかもしれない。語用論はちょっと勉強したけど、コミュニケーション学はまだ勉強できてない。

 これは、自分がいかにして人と会話するかを考えた結果生み出した分析的で実践的な理論についての記述である。
 関連の記事は、「コミュニケーション」のタグから探してほしい。

 

会話の軸


 会話でよくある困りごとは「しゃべることがない…」といったことである。なぜ、しゃべることがないのか。逆にしゃべることがあるときと、ないときは何が違うのか。
 それを考えるためには、私達が会話で何を話しているのかを分析するのがよい。
 私は、個人的な分析の結果、会話の内容を、3つの軸を元に分類しようと試みた。
3つの軸とは、時間軸、空間軸、関係軸である。

f:id:rorokuusou:20180304203812p:plain

必ずしも3軸すべてを使うわけではないが、それぞれについて、近い、遠いを考えると、おおよその会話の内容は、ここに分類することが可能である。
例えば、今、目の前の相手の服や、髪型に対する話題。
今、目の前に見えている建物の話題。
昨日私が食べたカレーについての話題。
一週間前、相手が行った旅行についての話題。
20年前、関西で起こった地震の話題。
といった具合である。これを逆に使えば、いつ、だれが、どこでを、近いのか遠いのかの軸の上で考えると、会話の話題を作り出すことも可能である。

また、それぞれの話題に対して、叙情的(自分が思ったことについて話す)なものと、非叙情的なものがある。
「赤いレオタードを着たおじさんを見た。」は非叙情的な文章であるが、
「赤いレオタードを着ろって言われたら嫌だけど…」は叙情的文章である。

 そういうわけで、基本的に会話は、3つの軸と叙情的な否かで分類することで、話題は生み出しやすくなる。

 とはいえ、これだけを頭に入れても実際に話題を生み出すことは難しい。
 実際に会話を生み出すには、よく使われる会話の型、を頭に入れるとよい。

 

会話の型

 

 エピソード語り
 エピソード語りは、もっとも基本的な会話の型である。しかし、実際には、エピソードの内容にも直近のエピソードから、昔話までさまざまなエピソードがあり、オチをつけるなどしてうまくエピソードを語ることは難しい。
 そして、エピソード語りは主に女性によく使われる。逆にエピソード語りができる男性は少ない。
 また、エピソード語りの内容は、関係性も関与してくる。例えば、「そこの橋から、雪の中ノースリーブで走ってるおじいさん見ましたよ。」といったようなさっきあったことのエピソードは関係が浅い人にもできるが、「私が小学校の頃、レクリエーション係ってのがあったんですけど…」といったような昔話や自分の人物を表すようなエピソードは関係が深い人でないと違和感を感じる。
 初めてあったよく知らない人に、「私の小学校の頃の話なんですけど、」と言うことはあまりない。
 またエピソード語りは、エピソードに対して、「笑う」という反応と、「そういえば、私の場合は、…」といったように、相手もエピソードを話してくれることでより円滑なコミュニケーションが成立する。

 この、相手の反応が会話の進行を左右する例として、例えば、
「昨日珍しく休みだったから洗濯しようと思ったら洗濯機がすごい音出し始めてん。」
「そうなんや。」
「それで、近くのコインランドリーで洗濯しようと思ったら間違えて乾燥してしもた。」
「へー。災難やな。」
「うん。」
と、相手の反応が鈍いとここで会話は終了する。

 もう一つの例として、例えば、 
 「昨日珍しく休みだったから洗濯しようと思ったら洗濯機がすごい音出しはじめて、」
「え(驚いた顔)、壊れたん?」
「壊れ゛て゛ん゛(泣)」
「(爆笑)」
「天寿を全うしてん。大往生やったわ。」
「豪快な最期やな笑」
「やろ。それで、しょうがないからコインランドリー行ってみてんけど、はじめて使うもんやから使い方わからんくてさ、」
「うちも使ったことないわ」
「間違えて洗う前に乾燥してしもた。」
「あほやん(爆笑)あ、でも、うちもアメリカに2週間行ってたとき、…」
以下続く

 といったように、何をしゃべっていても相手が爆笑してくれると話しているほうは、楽しくなって話しつづけることができる。
 また、相手がエピソードを話した後に、自分自身が体験したエピソードを話すというように、
 エピソードを話す→エピソードを聴く→エピソードを話す
と交互にターンを繰り返すとエピソード語りの会話は続いていく。

 知識語り
 他の会話の型の一つとして、知識語りがある。これは、自分が知っていることベースに、それに対して叙情的な感想を付加することで会話が続く。例えば、
「ミ○キーのところって著作権にめっちゃ厳しいらしくて、文化祭とかで使っても訴えられたことあるらしい。」
「まじでか。気をつけないとな。校内の看板とかに使ってもダメなんかな?」
「どうだろ。一般への広報向けのポスターはアウトだと思うけど、校内の看板は黒に近いグレーくらいでセーフかも」
 といった具合である。知識語りはエピソード語りと相互に移行しやすい。

 

 相手について


 他には相手自身について、話すということもある。
 「髪切ったんだ。」
 「うん。昨日切った。」
 「前髪と横、だいぶ切ったね。パーマかけたの?」
 「そうパーマにした。ちょっと遊んでみよかなって思って笑」
 「この前、そういえばだれだっけ、パーマの人見て好きって言ってたもんね。」
 といった具合で、相手のことに関して掘り下げていくような話し方もある。


関係性と会話の内容


 エピソード語りの項でも書いたように、話す内容と関係性は大いに関係があり、適切な内容を選ぶことが大切である。
 簡単にいえば、目の前の、自分か相手に関する、今のことなどは関係が浅くても話しやすい。あるいは逆に、知識語りのように、果てしなく自分たちから遠いことの話でも話やすい。
 しかし、自分や相手に関する昔話なんかは、ある程度仲良くなってからでないと難しい。
 とはいえ、いきなり自分から話をしだすのはおかしくても、相手に「学生のころはどうしてたんですか?」といった感じで、質問して、「あなたの場合は?」と訊き返された時に、自分について話すという手順を踏めば関係を深化できる。


会話の円滑化


 これまた、エピソード語りの項でも書いたが、会話は一人でするものではない。会話の円滑化には、そのための相手の反応が大切である。
 大切なのは、「目を見る。笑う。自分から関連する話を続ける。」である。
 話す前や、話しているときにこちらを向いてくれないというのは、あまり話を聞いてほしくないように感じる。あと、周りをキョロキョロするのも、話が早く終わってほしいのかな、といった感想を相手にもたせる。
 笑うというのは、相手が気持ちよく話すために最も良い方法である。女性のほうが会話が多いのは、女性のほうがよく笑うから、というのもひとつの要因だろう。その分、話が続きやすい。
 もし、誰かと話をして、楽しい人、楽しくない人を考えて振り返ったときに、楽しい人はおそらく何を言っても笑ってくれているという場合が多いだろう。
 そして、自分から関連する話をするというのは、会話を進行する上で大切である。
 会話の相槌は「うん。」「そうなんだ。」くらいに思っている人もいるが、一番大事な返しは、「自分の場合は…」と、自分の話をすることである。
 これによって話が続き、話に深みが出てくる。


男女の会話型


 上で述べてきたことも踏まえて、男女の会話の型について少し述べたい。
 一般に、女性は感情的で共感を求めて、男性は事務的で理詰めなところがあるなんて言われるが、あまりに大ざっぱではある。
 ここで述べるのは違う切り口である。

 あくまに一般的な話ではあるが、女性は、相互にエピソード語りをするのが得意な人が多い。そして、相手の話によく笑う人も多い。
 一方、男性はエピソード的な話が苦手で、相手をいじったり、目の前のことを話しがちな人が多い。しかし、男性は相手が嫌なことをしても、それを面白いネタにして話を続け、関係を維持できる人も多い。
 一方、女性は、相手が嫌なことをした場合にも、黙って受け入れようとする人が多い。相手の嫌なところを面白い話題のタネに昇華するのが苦手な人が多い。そこで、黙って関係を終わらせることがある。

 つまり、何が言いたいかというと、男性同士で「話すことない。何か面白い話して。」というあれは、エピソード語りが苦手だから、起きることである。
 逆に女性同士が女社会と言われてギクシャクするのは、相手の嫌なところを正直に言ってプラスに昇華するのが苦手だからだろうと思う。

 どちらも一長一短である。


 会話は分析することで応用もできると私は考える。
 もっと、色々と書きたいことはあるが、今回はここまでとする。

デマが拡散する素因

 

 デマが拡散するためにはいくつかの条件がいる。
 ここでは、デマが拡散される集団の素因を取り上げてみたい。

 「ピカチュウはって可愛いですけどね、実はピカチュウってねこポケモンなんですよ。そりゃかわいいわけですよね。」

 という文章があったとしてこの文章が広がっていくだろうか。
 おそらく、ノーだろう。
 なぜなら、皆、ピカチュウがねずみだと知っているからである。

 次にこれはどうか。
 「ドラえもんって原動力は原子力なんですが、これは作者の藤子先生が、原子力発電の強力な推進派だったことに由来するんですよね。藤子先生は原子力の危うさを隠蔽するために、ドラえもんを使ってお茶の間へと原子力への親しみを持ち込もうとしたんです。」
 

 これは、本当のことなのかどうか、知らない人には判断がつかない。原子力発電が導入された時期と、藤子先生のドラえもんの連載開始時期などを知っている人としては、疑問を抱くかもしれないが、よくわからない人には本当っぽく聞こえてしまうかもしれない。


 このように、デマが広がる素因としては、情報が広がる集団の知識レベルというものがある。

 集団が既に答えを知っていることに関するデマはデマにならない。
 逆に、集団が答えを知らないことがデマになるのである。

 では、デマを流した際の責任の所在や罪の大きさはどのように評価したら良いのだろうか。

忙しさ離脱症候群 ー忙しさへの依存ー


精神医学では異常を扱う。
異常とは、相対的に外れ値であるものか、絶対的に機能不十分か過多によるものを指すと考えてよいだろう。

精神医学では、異常であり、本人が苦痛を感じているか、社会的不利益を被るなどでなければ基本的には介入しない。

精神医学では、異常に主に着眼するが、私達の普段の生活の精神の活動は異常とは違っても、ケアが必要であったり、日々の業務に支障を来すこともあるかもしれない。

精神医学における以上は、普段の正常な精神活動の上にあるものではないだろうか。

私は、普段の正常な精神活動にも、名前を与えることで、扱いやすくできるのではないかと考えた。精神医学というよりは心理学よりである。

ということで、その一例として、今日は「忙しさ離脱症候群」という、私が考えた症候群を紹介しよう。


「忙しさ離脱症候群」

忙しさから解放されたときに感じる、無気力感、倦怠感、無感情、寂しさを症状とする。通常、3~5日で消失する。

診断基準
Aを満たし、かつ、Bのうち少なくとも2つの症状を満たすこと

A、忙しさから解放されて一週間以内である。

B、
・無気力感
・倦怠感
・無感情
・寂しさ
・自責感

治療
・娯楽作品の鑑賞などの楽しみを与えて経過観察する。

予後
・趣味のある人ならば、通常3~5日でBの症状が消退する。
・趣味を持たない人の場合、Bの症状が遷延化することがある。
・Bの症状が遷延化した場合、何らかの依存症状に陥ることがあり、注意が必要である。多いのはワーカホリックである。

疫学
・不明

 学生なら、学校が終わったりクラブを引退したりしてやることがない休日、社会人ならば、仕事を辞めてやることがなくなったときや、長期休暇をもらえた時などだろう。

 こういうときに、忙しさ離脱症候群に罹患する人が多いと推測される。
 忙しさ離脱症候群がやっかいなのは、
 「やることがないと人は退屈になるし、苦痛に思うのだ。」
 と感じ、自らを忙しい日々に駆り立てようとしてしまうことであり、また、他の人にも忙しさを強要してしまったりすることである。

 これは、悲しいことである。
 ゆとりのある、自分のための時間を悪いものだと考え、放棄してしまうのである。また、忙しさを人に強要してしまう場合には気をつけなければいけない。

 予後のところにも記載したように、これから復帰するためには、「やることを持っている」ということが大切である。

 しかし、毎日忙しくしている人は、自分の時間にやるべきことというのを持ち合わせていない。
 ゆえに、こういった人の場合、重症化しやすいのではないかと私は考えた。

 気をつけよう。

youtube-dlを使って、Youtubeからmp3ファイル音声だけをインストールする

 

参考:
公式
https://rg3.github.io/youtube-dl/
Documentationとか、Downloadのところに、結構詳しい説明があります。英語が読めるなら、このあたり読めば説明がよくわかります。

日本語の説明
http://cartman0.hatenablog.com/entry/2017/02/05/190822
簡単な使い方がわかります。

mp3でダウンロードするための説明。
https://askubuntu.com/questions/178481/how-to-download-an-mp3-track-from-a-youtube-video
英語ですが、この回答通りにやってうまく行きました。

なぜ、うまくいったとかの原理はあんまりわかっていないけれど、うまくいったので手順を記録します。

youtube-dlはもう、コマンドラインから使える状態になっているという前提で。
OS:Ubuntu 16.04 LTS
terminal: bash

簡単にまとめると、手順として必要なのは、

youtube-dlをダウンロードしてない場合は、


sudo curl -L https://yt-dl.org/downloads/latest/youtube-dl -o /usr/local/bin/youtube-dl
sudo chmod a+rx /usr/local/bin/youtube-dl
    

その後、


sudo apt-get install ffmpeg
    

続行しますか?には、yで続行。

そして、
cd ダウンロードしたいディレクト


youtube-dl --extract-audio --audio-format mp3 ダウンロードしたい動画のURL
    

そして、しばらく待ちます。
ダウンロードしてから、mp3への変換に時間がかかりますので。
mp3ファイルができます。

以上です。

youtubeのダウンロードリンクにtime_continue=165(途中から再生することを示す)とかついていたらもしかしたらうまいこといかないかもしれません。(未確認ですが。)


将来的には、Webスクレイピングyoutube-dlを組み合わせて、定期的にアップロードされる動画を自動でダウンロードできるようにしたいんですがねぇ・・・。

 

・実際のステップ
 上では簡単に説明しましたが、ここでは、実際にうまく行くまでの試行錯誤を載せておきます。(一部改変しています。)
今回は、Youtubeのアニメのラジオ番組「チマメ隊ポポロンラジオ」を音声だけダウンロードしようと思いましたので、そのダウンロード先のディレクトリを作成して行いました。ちなみに、このラジオ番組は、期間限定配信なので、同じコマンドを打っても、時期によってはダウンロードできませんのであしからず。(ちゃんと公式がアップロードしたURLからダウンロードしましょう。)
 まず、youtube-dlをダウンロードしたあと、以下のコマンドを試してみました。


user@PC-name:~/ミュージック/gochiusa$ youtube-dl --extract-audio --audio-format mp3 https://www.youtube.com/watch?v=wDN6jLt6s8Y
[youtube] wDN6jLt6s8Y: Downloading webpage
[youtube] wDN6jLt6s8Y: Downloading video info webpage
[youtube] wDN6jLt6s8Y: Extracting video information
[youtube] wDN6jLt6s8Y: Downloading MPD manifest
[download] Destination: 【第79羽】『ご注文はラジオですか??~チマメ隊のポポロンラジオ~』-wDN6jLt6s8Y.webm
[download] 100% of 24.99MiB in 00:03
ERROR: ffprobe or avprobe not found. Please install one.        
    

ffprobeとか、avprobeとかが見つからないと言われたので、とりあえずインストールしてみようと思いました。


user@PC-name:~/ミュージック/gochiusa$ sudo apt-get install ffprobe
E: パッケージ ffprobe が見つかりません

user@PC-name:~/ミュージック/gochiusa$ sudo apt-get install avprobe
E: パッケージ avprobe が見つかりません
        
    

ないそうです…。
公式のDocumentationでは、
-x, --extract-audio convert video files to audio-only files (requires
ffmpeg or avconv and ffprobe or avprobe)
という記述があるみたいなので、
とりあえず、代わりにffmpegをインストールしてみようと思いました。


user@PC-name:~/ミュージック/gochiusa$ sudo apt-get install ffmpeg
以下の追加パッケージがインストールされます:
 libavdevice-ffmpeg56
提案パッケージ:
 ffmpeg-doc
以下のパッケージが新たにインストールされます:
 ffmpeg libavdevice-ffmpeg56
アップグレード: 0 個、新規インストール: 2 個、削除: 0 個、保留: 237 個。
1,353 kB のアーカイブを取得する必要があります。
この操作後に追加で 2,149 kB のディスク容量が消費されます。
続行しますか? [Y/n] y    
    

ダウンロードできました!もう一度ダウンロードトライ。


user@PC-name:~/ミュージック/gochiusa$ youtube-dl --extract-audio --audio-format mp3 https://www.youtube.com/watch?v=wDN6jLt6s8Y 
[youtube] wDN6jLt6s8Y: Downloading webpage
[youtube] wDN6jLt6s8Y: Downloading video info webpage
[youtube] wDN6jLt6s8Y: Extracting video information
[youtube] wDN6jLt6s8Y: Downloading MPD manifest
[download] 【第79羽】『ご注文はラジオですか??~チマメ隊のポポロンラジオ~』-wDN6jLt6s8Y.webm has already been downloaded
[download] 100% of 24.99MiB
[ffmpeg] Destination: 【第79羽】『ご注文はラジオですか??~チマメ隊のポポロンラジオ~』-wDN6jLt6s8Y.mp3
Deleting original file 【第79羽】『ご注文はラジオですか??~チマメ隊のポポロンラジオ~』-wDN6jLt6s8Y.webm (pass -k to keep)       
    

無事ダウンロード成功しました。再生できます(歓喜

コンピュータの思想を他のフィールドに持っていく

 

コンピュータの設計思想というのは、コンピュータ以外でも使えるものが多く、色んなところに導入できると思う。

例えば、パーティションを切るということを、パソコンを使っている時にはよくする。パーティションを切るというと、簡単に言えば、ファイルの保存先を別のHDDにあるかのようにするという風にいえる。OSとは別のところにデータを保存したりするときによく使う。
 簡単に言えていない気がしているが、要するに、大事なものとそうじゃないものは別のところに置く、ということである。

私の中で、パーティションを切るという思想が応用として使えるなと考えるのは、家の間取りについてである。
もしかしたら、これはパーティションを切るというよりは仮想化の話かもしれない。

一つの家に複数の人が住んでいるとしよう。

このときに、それぞれの人の空間は、他の人からアクセスされないように、別空間として用意すべきである。
そして、共有している家の設備だけみんながアクセスできるようにしておくべきである。
この感じはパーティションを切る感じに似ている。
 
あるいは、家の間取りは、Webサーバーにも例えられるかもしれない。

外から人を招くときには、その客人は家のどこにでもいかれると困る。

したがって、客人にはある程度アクセス制限をつけなければいけない。
これは、サーバーにアクセスした人が、公開ディレクトリだけにアクセスできるのと似ている。


 今度は、プログラムのパッケージや拡張機能について、考えよう。
多くのプログラムは、あとからパッケージをインストールしたり、プラグインを追加することで、拡張機能をつけられる。
これは非常に便利である。
逆に拡張機能ありきで、初期搭載している機能を制限しているプログラムもある。

 学校というシステムについて、拡張機能という概念を導入するとどうだろう。

 学校はあとから機能を拡張したり、といったことはあまりしない。

 学校は色々なものを詰め込んで、All in one にしたがる傾向がある。

 しかし、私は、学校がもつシステムをもっと小さくし、教科指導などを拡張機能プラグインとして導入する方法があるのではないかと考えている。


 こんな風に、コンピュータの概念を他のフィールドに持って行くと面白い発見もあるのではないかと思った。

cakePHP3 の開発のために必要な環境をlinux mintで

 

cakePHP3のインストールがほんとに不親切で、非常に苦労したので、結局cakePHP3を動かすために何が必要かということを、ここにメモします。


開発環境OS: linux Mint 18


デプロイしようとしている先:
さくらレンタルサーバースタンダードプラン(共有サーバーでユーザー権限しかない)


前に、phpの開発をやった時は、WindowsのXAMPPを使っていたんです。
そのせいで、phpの開発環境に必要なものを、インストールしなければいけないということをわかっていませんでした。
一つ一つやると大変ですね。

ローカルの開発環境でインストールしなければいけないのは、以下のものでした。

※すべてシェルからコマンドを使って以下のプログラムをインストール(全部 sudo apt-get installでインストールできました。)
php
apache2
libapache2-mod

mysql-server
phpmyadmin
php-mysql

php7.0-intl
php7.0-mbstring
php7.0-simplexml

一通りインストールしたあと、再起動したら変更が反映されていました。

参考:

omachizura.com


さくらレンタルサーバー側では、
設定からphp7.1にして、intlだけをインストールすれば大丈夫そうでした。
どうせならintlインストールしておいてほしいものです。

参考:

qiita.com

といいつつ、まださくらレンタルサーバーにcakePHP3インストールできてないんですよね・・・。