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ロロの空想

心に移りゆくよしなしごとを書いていくよ!

○○ばかりしていないで××しなさい。

日記

このまとめを読んだ。

https://togetter.com/li/1075475


これ、もともとはラノベ批判のつもりでこの発言がされたわけではないのだけれど(おそらく)、これに追随する形でラノベは、俺TSUEEEEだから、とか、そういうのだから、そればっかり読んでたら駄目だ、とか、そういうコメントがついている。

途中では
ラノベを読むのは構わない。ラノベばかり読むのがよくない。」

 という意見を主張する人のツイートがクローズされている。


 はて、もともと、この「ラノベばかり読んでないで」という枕詞は、本当に主張者が言いたいことなのだろうか、と私は疑問に思う。

 本当に言いたいことは、何なのだろうか。

 ここでは数人のツイートがまとめられていたが、同じような発言をする人たちは、それぞれどのような思惑もっているのだろうか。

 

 私は、ラノベをそんなに読んでいるかどうかはわからないけれど、ラノベっぽい作品は好きである。
 桜庭一樹さんのゴシックシリーズとか、西尾維新さんの物語シリーズなんかはお気に入りで、家の本棚に並べてある。ソード・アート・オンラインも面白かった。桜庭一樹さんの他のラノベっぽくない作品なら「荒野」が、西尾維新さんの他の作品なら、「少女不十分」がよかった。

 ラノベかどうかはわからないけれど、天久鷹央の推理カルテシリーズとかも好きで、ほぼすべての巻を読んでいる。

 ラノベじゃない小説なら、最近売れてる小説なら、「砕け散るところを見せてあげる」が印象深い。


 まあ、とはいえ、私はあまり小説を読む方ではない。本を読むときは、小説よりも、岩波新書とかちくま文庫とか、そういうのをよく読むタイプである。学問の入門書とか、そういうのが好きだから。

 

 私は、だから、人に何か読書について薦めるとしたら、
「知識系の本を読んだらいいよ。」
というだろう。
哲学系なら、プレジデント社の「哲学用語図鑑」がよかったし、
歴史なら、岩波新書の「シリーズ日本近現代史」が好きで、今読んでいる。
物理の歴史なら、岩波新書の「人物で語る物理入門上・下」、
数学の歴史なら、岩波新書の「数学入門」、
化学なら、「しくみ図解シリーズ 化学製品が一番わかる」がよい。
教育学なら、堀尾輝久さんの「現代教育の思想と構造」を読んでいる途中だけど、すごくいい本だし、
刑法なら、岩波新書の「刑法入門」も、これまた読んでいる途中であるが、わかりやすい。
 まあ、そういう知識系の本を読むと、楽しいし役にも立つよ、と私は薦めたい。


 小説は娯楽だと思っているし、小説は何を読んでも別にいいのではないかと思う。
「小説も読んで、映画を見て、マンガを読んで、アニメを見たらいいよ。」
 と私は思う。


 私は、ラノベは面白い作品が多いと思うし、ラノベを読んで、小説が面白いと思うなら、他の作品にも手を伸ばせばいいと思うし、手を伸ばした先が面白くなかったら、また他のところに手を伸ばすのもいいと思う。

 小説とはまた関係なく、知識系の本を読むという習慣があると尚いいと思う。


 さて、ここで、


 はて、もともと、この「ラノベばかり読んでないで」という枕詞は、本当に主張者が言いたいことなのだろうか、と私は疑問に思う。

 本当に言いたいことは、何なのだろうか。

に戻る。

いくつかのケースを想定してみる。

歴史小説ばかり読むのもよくない。現代物ばかり読むのもよくない。異世界転生ファンタジーばかり読むのもよくない。」
といった風に、偏ることをよくないとしているのか、

「現代小説や歴史小説を読め。」
ラノベ以外の小説の優位性を説いているのか、

「本を読むなら、知識系の本を読め。」
と知識系の本の小説に対する優位性を説いているのか。


 どれなのだろうな、と私は思う。

ラノベばかり読んでないで」と言うのと似たような言い方は他にもある。
「ゲームばかりしていると駄目だ。ゲーム以外に本を読んだりしなさい。」とか
「マンガばかり読んでないで、勉強しなさい。」とか、
「勉強ができても、仕事ができないと意味がない。」とか。
 そういう叱責などを連想する。

 これらの発言に共通の特徴としては、まず、前者について否定的な発言をしたうえで、後者を肯定するというような方法がとられている点である。

 しかし、私は、あまりこういう発言が好きじゃない。

 私自身も、こういう言い方をしてしまいそうになることがよくある。でも、そういうときは、我慢するようにする。他の言葉を探そうとする。


 というのも。これらの言い方は、後者を推進するために、「前者を否定」するからだ。

 厳密に文脈を検証すれば、別に前者それ自体を否定するわけではないが、
「ゲームばかりしてないで」
と言う言葉を受け取る方は、
「あ、この人はゲームを肯定的にとらえているんだ。」
とは感じない。
 むしろ、
「この人はゲームについて否定的な捉え方をしているんだ。」
と感じるだろう。


 私は、前者を否定するような言い方を使うのは、以下のような場合ならいいと思う。

「前者に時間をとられすぎていて、後者のことをする余地が存在しない。」
「前者が本当に有害だと思っている。」
「相手が、『前者』のことばかり、自慢して、後者をないがしろにしている。」

でも、以下のような場合は、こういう言い方をしない方がいいと思う。

「前者自体は悪くない。」
「前者をして、かつ後者をすることも可能である。」


だから、ラノベを読んで、他の本も読むことを推奨したいなら、
ラノベ面白いしいいよね。」とした上で、
「○○の分野の本が面白いし、これ読んだらいいと思う。」
とか、
「勉強の成績がいいのはいいことだよね。」とした上で、
「仕事を効率よくする人はよい。」と言えばいい。


 何かを要求、推奨するのに、
「何かを否定すること」は、本当に必要なのだろうか、否定しなくてもいいんじゃないか、とよく思う。

 それはもう、癖で、慣用句みたいなもので、「○○ばかりしてないで~」と私も言ってしまいがちになる。
 でも、ほんとにしてほしいのは、その後なのだ。
「ゲームばかりしてないで、勉強しなさい。」
 と言って、ゲームをやめて何もしないことを望んでいるわけではなくて、望んでいるのは、勉強であって、勉強していればゲームをしていても問題にしなかったりする。

ラノベばかり読んでないで、他の本を読みなさい。」といって、ラノベを読むのをやめることを望んでいるのではなく、他の本を読むことを望んでいるのであって、他の本を読んでいてラノベを読んでいることは問題にしなかったりする。

 本来の意図が、あるなら、それを前面に押し出すべきで、前者を否定するのは、相手に嫌な思いをさせるばかりになってしまう。

 本来の意図は何なのか。

 言葉の選択というのは大事である。