人の死を巡って
我々は生についてばかり考えてしまっているのではないかと思う。
生まれる瞬間があれば必ず死ぬ瞬間もあって、始まりと終わりは分けられない一対のものだと思う。
しかしながら、我々は如何にして生を送るか、どのように生を延長するかは考えるけれど、どのように死ぬかについては考えることを避けがちではないかと感じた。
とはいえ、死について考えなくてはいけない時代だと思う。
延命技術は格段に進歩している。DNARをどう扱うかというのは医療現場でも気にしているところだろう。
また、今後病床数が足りなくなって来ると言われる状況で、如何にして死に場所を用意すればよいのか。
死について考えることを先延ばしにしている間に、現実は死をどう扱うのか、その決断を迫りつつあるように感じる。
死について考えるにもいくつかの切り口があったほうが良いように思った。しかで以下の切り口を考えた。
死と心理…タナトスとデストルドー、リビドーとエロス、キュブラー=ロス
死と芸術…メメント・モリ、ヴァニタス、カルペ・ディエム
死と法…安楽死法
死と医療…死亡診断、緩和医療
これを今後どう扱うか、それについては検討しなくてはいけない。
とりあえずまだ決まっているのはテーマだけ。