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ロロの空想

心に移りゆくよしなしごとを書いていくよ!

レンタルビデオ店でぼったくられた話

 ある休日、自宅にいた僕は、ふと床に落ちている一冊のマンガを目にした。そこには、「レンタル用」の文字のラベルがあった。なぜ、こんなところにこれが。僕はここ2~3ヶ月、マンガのレンタルはしていないはずである。おかしい。借りてもいないマンガがなぜこんなところに落ちているのだろう。手にとって、裏返し、表紙を見て、思い出した。これは、ちょうど僕が2~3ヶ月前に借りたマンガだった。これけっこうおもしろかったやつだ。そうそう、たしか、漫画家として成功するサクセスストーリーのマンガ。その17巻。うん?だからといって、なんでこれがこんなところにあるんだろう。返したはずなんだけどな。―いや、待て。待て待て。そんなことはない。そんなことはないはずなんだが。―しかし、僕はその1分後、自転車を猛烈な勢いで飛ばしていたのだった。


「二万八千円です。」
中肉中背の男は、はつらつとした笑顔でそういった。ニコニコというより、ニヤニヤと言ったほうがよい笑顔であった。僕の顔はというと、口をあんぐりと開けて、視線は宙を漂っていた。マンガなら、白い丸目に大きく縦に開いた口といった描写になるところである。簡単にいえば、僕は呆然としていたのだった。中肉中背の彼は、レンタルビデオ店の店員である。このニヤニヤ顔、今の僕には、心を抉られる表情である。
「に、二万八千円ですか!?」
思わず、僕は聞き返していた。当然である。定価数百円の本一冊レンタルに対する対価としては法外な値段だといっていい。ぼったくりである。僕はびっくりした。ぼったくりにびっくりである。
「はい、そうです。延滞料金、二万八千円です。」
相変わらず、ニヤニヤしている店員である。なんだか、延滞して申し訳ないという気持ちよりもいらいらしてきた。

 簡単に僕の置かれている状況を整理しよう。僕は今、レンタルビデオ(マンガのレンタルも請け負っている)の店員さんに、マンガ一冊の延滞料金を請求されているところであった。お察しの通り、返したと思って返すのを忘れていたマンガを返しに来ていたのである。そして、法外な値段を請求されているところである。
「でも、僕、今そんなにお金なくて…。」
僕の財布の中、二千円。当座預金、二万五千円。足りない。普通に足りない。穀潰しのごっちゃんと呼ばれている僕にとっては(実際に呼んでくる人はいない。あくまで僕の幻聴である。)、当然払えない値段である。払おうとすれば、誰かにお金を無心するしかないのであるが、果たして貸してくれる人の心当たりは僕にはなかった。
「さあ、さっさと払っちゃってくださいよー。」
店員は、相変わらずのニヤニヤ顔で言ってくる。さっきよりも笑顔がうっとおしくなっている。なんだろう。「守りたい笑顔」ならぬ「殴りたい笑顔」というキャッチフレーズが至極似合う笑顔である。こっちが困っていることに喜びでも見出しているのだろうか。とんだ悪趣味である。

 僕は相変わらず、どうしたものかと悩んでいた。お金はどうしても足りない。ていうか、二万八千円っておかしいだろう。なんで、そもそも延滞してても、電話がないんだろう。そこからしておかしいじゃないだろうか。はじめから、こうして延滞の罠にはまる人を狙っているかのような手口である。これは明らかに詐欺だ。詐欺以外の何物でもない。なんで僕はレンタルビデオ店でこんな窮地に陥っているのであろう。窮地への陥り方からして小物感が溢れている。隠しても、隠しきれない、小物感。俳句調に言ってみてもその惨めさは変わらなかった。

 そうだ、踏み倒そう。それしかない。僕は、身体の向きを変えて、出口へと歩き出した。と、奥のスタッフルームから、黒いスーツに身を包んだ男たち二人が出てくるのが見えて、僕は思わず、出しかけた足をひっこめた。これはまじでやばい。洒落にならない。ここ、小さなレンタルビデオ店で僕はなんで、こんなピンチに陥ってしまうことになったんだろう。未来はずっと続くとばかり思っていたのに。ああ、これからしたいこといっぱいあったのにな。明日は、全巻欠かさず購入しているコミックスの新巻の発売日なのに。

 僕は、閉ざされた自分の前途を走馬燈のように見ながら、視界が暗くなっていくのを感じた。


 

―ピピピピピピ。ピピピピピピ。

 けたたましい音が僕の鼓膜を揺らしているのに気づいて目が覚めた。窓の外は、夏の朝らしい日差しが地面を照らしている。僕はほっと胸をなでおろして、つぶやいた。 「夢でよかったぁ―。」